法律用語と報道用語

古い記事( http://d.hatena.ne.jp/norimichitor/20070905/1188959995#c1206629610 )にあれれさんからコメントをいただきました。

あれれ 2008/03/27 23:53
記事中 「容疑が固まれば書類送検・・」って あるけど、「(書類)送検」って 容疑のあるなしに関係なく、書類が出来上がったら「送る」んじゃないの?「容疑」は検察がその書類を見て判断するんじゃないですか?

あれれさんのコメントの意味が「『起訴して刑事裁判にかけるべき段階になれば、警察から検察庁に事件を送致する』というのはちょっと変?」ということであれば、まさにそのとおりです。ただ、この記事を書いた記者としては、「どうやら歯科医の逮捕まではせず、県警は事件の捜査を一通り終えた段階で事件を検察庁に送るようだ。起訴されるかどうかは検察官の判断だな」と考えているんだろうなと思います。このずれは、報道用語と法律用語の微妙なずれから来ています。

書類送検

 よく報道で言われる「書類送検」というのは、逮捕勾留された被疑者が「送検」されるのと区別するために使っている用語です。いずれも法律用語ではありません。法律用語としては、検察官送致ということになります*1刑事訴訟法上の警察官の扱いは司法警察員とか司法警察職員などと呼ばれますが*2司法警察員たる警察官は、「犯罪の捜査をしたときは(中略)、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない(後略)」(刑事訴訟法246条)とされており、ここでいう検察官への送致することを報道では送検というのです。また、この「送検」に「書類」がつくのは、逮捕勾留などの身柄拘束が伴わず、書類と証拠のみが送致されることを表しているということになります。

容疑

 容疑者という言葉は普段とてもよく耳にすることですが、これも法律用語ではありません。刑事訴訟法では、罪を犯したと疑う対象の人物のことを被疑者といいます*3。被疑者を起訴して刑事裁判にかけるかどうかは、検察官の判断にかかっているので、「容疑」が起訴されるかどうかのレベルの話であれば、あれれさんがいっている「容疑は検察がその書類を見て判断するんじゃ・・・」はそのとおりです。ただ、容疑ということばは曖昧で広い意味を持つので注意が必要です。その被疑者が罪を犯したことについて判然としない場合にまで警察が書類を検察庁に送ることはありません。検察官への送致は「犯罪の捜査をしたときは」とされていて、捜査が一応整ったこと、一段落していることを前提としているからです*4。記事原文にいう「容疑」が捜査が整ったかどうかというレベルの話であれば、まあ、それほど間違ってもいないということになります。

*1:ちなみに、「書類送検」された事件や被疑者のことを、裁判所、検察庁、弁護士は業界用語的に「在宅」といっています。留置場や拘置所に入らず、普段は自宅にいる被疑者さんなので。

*2:警察が担っている機能にはいろいろなものがありますが、刑事手続きで主に問題になるのは司法警察活動。これ以外には行政警察活動があります

*3:ちなみに、報道では「容疑者」が起訴されると「被告」になりますが、こちらも法律用語ではありません。法律上は「被告人」というのが正しい呼び方です。

*4:検察官送致後に、検察官が司法警察員に指示して追加の捜査をさせることがありますが、これはあくまで補充捜査にすぎません。何しろ、検察官だって第一次捜査機関としての訓練を受けているわけでもないですから。