産婦人科医不足の話

 産婦人科とくに産科の医師が不足しているそうです。医学部を卒業していく若手が希望しない、というのは確かに困った事態です。うちの妻も第三子妊娠中なので、産科のお医者さんにお世話になっていますが、分娩予約はやはり妊娠が分かったらすぐにしていました。

半年先まで分娩予約でいっぱい 妊娠判明即病院探しに奔走
              7月5日17時5分配信 J-CASTニュース
(前略)厚生労働省医政局の担当者は、「産婦人科では他の科に比べて治療をめぐる紛争が多く起こっている。トラブルに巻き込まれたくないと考えるのではないか」と指摘する。

 弁護士として、医療過誤訴訟の原告代理人をしたことも数件ありますので、聞いたことがありますが、確かに産婦人科医療過誤事件は多いみたいです*1。統計的にも、非常に広い範囲の傷病を扱う内科や外科ほどではないですが、産婦人科も訴訟の数が多いようです。
 しかし、医師に限らず、訴訟やトラブルのリスクが好きな人はいません。他の科だって少なからず医療過誤訴訟は起きえます。そして、医療過誤保険がありますから、法的責任が認められるケースでも経済的なリスクは相当分散されます。そうなると、医師の卵が忌避しているのは、結局そういうトラブルに巻き込まれるという事実そのものだということになります。産婦人科医や小児科医を増やしたければ、このあたりの手当を考えていくアプローチがありそうです。

 もっとも多いのは、障害のある子供が生まれた場合に、家族が医師側にミスがあったと訴える、というものだ。また、母親が死亡するケースもある。福島県立大野病院で04年12月に帝王切開中に妊婦が死亡し、06年2月に担当医が逮捕勾留された。この事件は、産婦人科医に大きな衝撃を与えた。「医療関係者の間ではどうしようもなかったという見方が一般的だ。これをきっかけに、やっていられないと思った産婦人科医も多い」

 この事件に関する情報は新聞報道くらいでしか知らないので、本当に「どうしようもなかった」事案なのかは分かりません。ですが、本当にどうしようもなかったのであれば、個別の事案ではありますが不幸なリーディングケースとして、「その程度では立件できない」という結論を司法的にもはっきり出しておけば足りると思います。その後は、検察官による起訴裁量が強く働き、どうしようもないケースでの無理筋起訴は極小化できるものと考えます。
 ところで、こういう事案で逮捕勾留起訴がなされるんなら怖くて医業が出来ない、医師の過失は免責しろ、などという議論が一部にはあるみたいですが*2、共感できないです*3

 厚生労働省ではこうした状況を解決しないと、産婦人科医離れが加速すると見ていて、「医療リスク」に対する支援として、産科補償制度の早期実現や診療行為による死因究明制度の構築といった施策を08年度中に整備していく。
 また産婦人科医は女性の割合が高い。出産や育児による離職を防止するため、院内保育所の整備といった女性の働きやすい職場環境を整えるほか、パートタイム勤務が可能な医療機関を紹介する機関「女性医師バンク」の体制を充実させることにしている。(後略)

 傍目から見ていると、職場環境の改善充実が一番大きいと思います*4
 これに加えて、トラブルリスクに関しては、医療過誤保険への加入を義務づけつつ、使い勝手を向上させることで対処できないでしょうか。例えば、医療過誤保険分野でも、自動車保険分野と同様に、保険事故発生の後、保険会社が早期に前面にでて対応できるスキームを作れないか。その際は、医療事故の専門性困難性から、対応する損害調査部門には、弁護士からなる専門の担当者をおいて、事故直後から専門部署での被害者対応ができれば、医師の負担は小さくなるのではないでしょうか。また、一定の業務を担当するためには、保険の加入を義務づけるという考え方もあると思います。実際、我々弁護士も、リスクの大きい業務を担当するには、賠上限額の大きい弁護士賠償責任保険に加入していることが要求されているくらいです。
 現状はといえば、勝訴した過去の事件を思いだしても、自動車事故のように早い段階から保険会社が対応するような形にはなっておらず、裁判等で医師の責任が確定するまでは、当該医師本人と医師が自ら選任した相手方弁護士が二人三脚でがんばっていたように思いました*5。保険会社が表に出てくるのは、義務が確定して支払の段階になってから、という印象でした。そのあたりが、変え所でしょうか*6
 いずれにしても、産む場所に困って、妊婦が右往左往するというのは異常な状態ですから、早急に事態が改善されることを期待しています。

*1:その分、司法経験値も高いドクターがいたりします。医師の本人尋問などを見ていると、中には明らかに法廷慣れしていて、またそんな質問かよ、って感じで応答されるドクターもいたりします。

*2:ネット上で有名ブログの記事を見比べたりしてつまみ食いする程度の認識ですが

*3:お医者さん達は結果責任を怖れると思います。でも、当然のことですが、業務上過失致死傷罪にいう「過失」は、結果責任を意味しません。事故発生=責任ありき、の単純な発想だけでは、検察庁内での起訴決裁をとおることは出来ないでしょうし、民事訴訟では責任原因の構成が出来ずに裁判所から厳しい指摘を受ける結果になります。司法も医業に対する理解が足りない部分がありますが、医業者のほうでも司法の考え方について十分理解が得られていない部分があるように思います

*4:24時間365日にわたって気の抜けない過酷な勤務状態みたいですから。妻の主治医の先生も大変お疲れそうですが、そんな状態で子育てにも積極的に関わっておられるようで、本当に頭が下がる思いです。でも、極力ご自愛くださいませ

*5:自動車保険の場合は、事故後に保険会社が示談代行で介入し、示談できなくても、保険会社が依頼する弁護士が引き続き示談交渉・訴訟等の法的手続を担当します。事故直後から,保険会社による専門的な対応が期待でき,ノウハウやデータ情報も保険会社から提供されますので,事故を起こした当事者本人の関与は小さく、負担感もそれほど大きくはないようです。

*6:でも、保険料あがっちゃいそうですね。それも相当な割合で