高次脳機能障害

積極的な司法判断です。しかし,保険会社側は控訴すると思います。似たような問題状況は,最近注目されている「脳脊髄液減少症」でも起きています。医療の世界で意見が分かれている事象に対して,司法判断がどこまで踏み込むかは難しいところですが,司法の役割の一つに少数者の権利保障というものがあることからすると,このような判断も評価に値すると思います。医学的知見が分かれていても,裁判所は一定の判断を下さなければならないわけですから*1

高次脳機能障害:札幌高裁、症状で認定 「診断困難なら保護必要」
 交通事故による脳の後遺症で日常生活に支障が出るようになったとして、札幌市の無職女性(25)が車を追突させた男性に逸失利益など約1億2400万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が26日、札幌高裁であった。末永進裁判長は、障害を認めなかった札幌地裁判決(03年12月)を変更し、約1億1800万円の支払いを命じた。原告の女性は、MRI(磁気共鳴画像化装置)などで脳の損傷痕跡が見られず、昏睡(こんすい)状態にもならなかったが、症状から、末永裁判長は「障害を負った」と認定。このようなケースで脳機能の障害が認められるのは異例。
 判決によると、女性は道立高校1年生だった97年6月、母親が運転する軽自動車の後部座席に乗っていて、同市内の交差点で男性の普通トラックに追突された。この衝撃で脳内の神経線維が切れるなどして「高次脳機能障害」を負い、記憶力や集中力が著しく低下した上、感情のコントロールができなくなった。
 男性側は、同障害の認定には(1)脳の萎縮(いしゅく)など損傷の形跡(2)一定期間の昏睡状態(3)一定の異常な傾向−−の3要件があり、女性はいずれも該当しないと主張。1審判決は(1)(2)を満たさないと判断した。
 これに対し、末永裁判長は「脳の損傷がないケースもあって医療専門家の見解は分かれる。だが、診断が困難で保護されないケースがあることを考慮し、女性の症状から、司法上は同障害を負ったと判断する」とした。【真野森作】

 ◇専門医見解は二分

 食事には1時間かかり、食べたことも忘れてしまう。突然、母親の顔を平手打ち−−。26日の札幌高裁判決で高次脳機能障害を負ったと認められた女性は事故から9年たった今も症状に苦しむ。同障害の患者は厚生労働省の推計で全国に約30万人いる。交通事故によって障害を負った人も多く含まれるが、要件を満たさず、障害が認められないケースも少なくない。道内の患者団体は「画期的な判決」と歓迎している。
 女性を支援してきた「脳外傷友の会・コロポックル」(札幌市、患者会員約300人)の中野匡子代表は「すばらしい判決。ただ、障害で進学の夢を断ち切られた本人の悲しさは変わらない。道内には脳機能のリハビリが十分にできる施設もない」と語る。
 判決に対し、専門医の見解は真っ二つに割れた。同障害の著書がある益沢秀明・八千代リハビリテーション病院院長(千葉県)は「判決は根拠が薄く、医学の診断領域に踏み込みすぎ」と批判。一方、この訴訟に意見を出した長沼睦雄医師(道立札幌肢体不自由児総合療育センター)は「日本の脳外科医の多くは従来の基準に縛られ、検査で見逃している」と現状を変える必要を訴えている。【真野森作】

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 ■ことば

 ◇高次脳機能障害

 交通事故で脳に外的損傷を受けたことなどが原因で、記憶や判断、注意力、感情の抑制など知的機能に著しい支障をきたすもの。外見上は障害のあることが分かりにくいため「見えない障害」とも呼ばれる。

毎日新聞 2006年5月27日 北海道朝刊

*1:立証責任分配論などによって被害者にそのツケを回すことは簡単ですが,今回の判断はそれを潔しとしない立場と言うことができるでしょう