健康保険のこれから

 混合診療に関する東京地裁判決を受けて、各所で議論が活発ですね。混合診療解禁になり、続いて国の皆保険制度が瓦解していくことが不安と共に語られています。日本医師会混合診療導入に反対でしたっけね。医療保険のビジネスエリアが莫大な規模で拡大していくと、民間保険の論理で医療が制限されるのではないかという懸念のようです。例えば、(1)急患の患者が運び込まれても、その人の加入している保険でこの治療は認められるのか悩むケース、(2)治療後に保険請求をしても保険会社から「このような治療は必要ないのではないか」などといったイチャモンが相次ぐのではないか、、、などと想定されるシナリオが語られています。
 ですが、これと似たようなことは、弁護士の周りでは別に珍しくありません。前者のケースに関しては、自動車事故で損傷した車の修理で似たような話があります。

 赤信号で停車中に追突され、なじみの修理工場に持ち込んだAさん。
A「すぐに修理して塗装もきれいにね」。
担当者「相手の保険会社の了承を得てからでないとかかれないよ。塗装の範囲が広いとか。修理する部分が違うとか、パーツの単価が高いとか言っては支払拒否されるんだから」。
A「そうなの?!」。
担当者「Aさんが自費で払ってくれるならいいけどね・・・」

 後者のケースに関しては、こんなことが起きています。

 隣人から継続的な嫌がらせを受けてうつ病になったというBさん。加害者である隣人を訴えることにして、弁護士費用を権利保護保険で賄おうと思っています。
弁護士「難しいですが、間接的な証拠を積み重ねて相手の不法行為による損害であることを立証するしかないでしょう」。
B「弁護士費用は権利保護保険でお願いします」。
保険会社「あなたの病気が隣人の行為によるものだといえるんですか。それが証明できるような資料がないと保険請求が通らないかもしれません」。
B「!!」。
弁護士「裁判所よりハードル高いな・・・」

 民間保険市場に転換していくのであれば、そのようなことにも対応する覚悟と態勢が必要になってくるでしょう。ただ、、、、法曹界にははじめから公的保険などありませんでしたから公的保険のありがたみが今ひとつ分からないところはあるのですが、何でもかんでも民間に開放すればいいものではないと思っています。
 医師の診療内容、弁護(代理人)活動の内容などは、経済的な合理性やコスト意識といったものを前面に出してスリムにすればいいというものではありません。全く不必要だったり有害無益な治療とか、不当訴訟を提起することに対する費用を保険で支払う必要はありませんが、保険適用があるかどうかの判断はある程度画一的にかつ緩やかになされるべきであり、私企業の営利目的を絡めて考察されるべきではないと思うのです*1。そういう意味では、ある意味でお役所仕事的な画一性もまた愛すべきものかな、と。
 また、医師には応召義務という特別な義務が課せられていて*2、診察を求められたら受診者の財力などを理由にして拒むことは出来ないとされています。国民皆保険制度は、受診者の側の自費負担部分を押さえるという面だけでなく、応召義務によって営利的な観点から患者選別が許されない医師のためにも大切な制度だと思うのです。
 この判決ひとつで、バタバタと国民皆保険の瓦解という最悪のシナリオまで推し進められてしまうことはないでしょうが*3、考えておかなければならない問題ではあります。

*1:保険そのものではありませんが、法律扶助協会では「勝訴の見込みがないではない」という判断基準があり、運用も緩やかでした。現在同会を継承した法テラスもほぼ同様の運用をしていますが、今後はどうなるか分かりません。

*2:ここが受任義務のない弁護士との決定的な違いですが

*3:しかも、判決は混合診療全体のあり方には踏み込んでおらず、判決の影響とされてしまうと判決を書いた裁判官としては不本意きわまりないと思います