交渉の難しさ

今日の出来事

 ときどきですが,予め連絡することなく事務所に来訪し,無理矢理に弁護士に面会を求める相手方*1がおられます。
 今日もそのような方が午前中から夕方まで事務所に何度も訪れ,面会をお断りしても,しつこく面会を求め,しまいには事務所前の路上に車を止めて,事務所の出入りを監視するかのような行動を取られました。午前中から法廷やら打ち合わせやらで大変忙しい中,はっきり言って物凄く迷惑だったです。昨今,法律事務所が事件の相手方に襲撃されたりする事件が何度か報道されていることからして気味の悪い話でもあり,事務所の業務に大いに支障がありました。

交渉ってやはり難しいもんです

 そういうあまりいい気持ちのしない一日だっただけに,交渉の仕方、あり方みたいなことを思い浮かべました。
 弁護士はトラブルについてその一方当事者から依頼を受けるわけです。ということは,その事件の相手方とは,何らかのチャンネルで交渉をしていくことになります。交渉には電話や手紙のほか,面会という方法もあり,面会して交渉することそのものは別に何らの問題もありません*2
 しかし、弁護士は通常ひとつの事件だけでなく、多数の事件を受任して同時並行して処理しています。一人の弁護士に複数の事件ですから、どうしても同時に出来ることには限界があります。裁判期日がひとつあれば、その前後はそのことで頭がいっぱいですし、弁護士はしょっちゅう頭のスイッチを切り替え切り替え、毎日を過ごしているのです。交渉というのは全情報全勢力をかけて相手とやりあうガチンコ勝負なわけですが、他の事件や出来事にスイッチが入っている状態で、何の準備もしないままに即興で交渉に入るなんてことは到底できないのです。弁護士がいかにさらっと当たり前かのように交渉していたとしても、実はしっかりとした気持ちの切り替えと綿密な準備の上に成り立っているのであり、突然来られた方と中身のある交渉など簡単に出来ることではありません。
 他方、相手方の立場になってみれば、同じく大事な問題についての真剣勝負ですから、出来る限り有利に進めたい。相手の虚を突くという方法も「あり」と考える方もいるでしょう。忙しいときにしつこく要求して相手が十分準備できないままに自分の有利な内容を押し通してしまいたいと考える方もいるでしょう。「勝負の世界はシビアだ。急に来られたって対応できるのがプロだ。アドリブが弱いから負けるんだ。夜討ち朝駆けっていうだろう?。」という考えの人もいるかもしれません。そして、当事者同士の話し合いだと、声が大きい方、しつこい方、強引な方が、その主張を押し通すというやり方がまかり通っている面も否定できないでしょう。そういう方が「さあ、今答えろ。今判断しろ。今金払え。云々」とやってくるわけです。
 しかし、そんな方法が果たして公平と言えるか、そのような方法によって得られた結論が本当に物事を解決したと言えるか、それぞれ答えはNOです。声が大きいと言うことはその声の裏に、隠された問題があるかもしれないのです。強引に押し通そうとするときには、押し切ることによって見えないようにしている傷があるかも知れないのです。そのような隠れた問題や傷を明らかにした上で、すべて双方の立場で検討してその得失を十分に理解し合って解決するのが交渉です。
 交渉はけっして「狐と狸の化かし合い」ではありません。仮に隠し事や騙しの要素が入って一度解決したように見えても、その後に問題が再燃します。脅して話がまとまったように見えても、脅されてしたその意思表示には明らかな瑕疵があります。もし、円満に完全に紛争を解決しようと思うなら、相手に不満が残らないようにするのが理想なのです*3。だから、あまり急いでも仕方ない、その場の雰囲気で流されてもいけない、双方にとって次第に見えてくる事実もあるのですから、ひとつひとつ解明しながら進めていくしかないものなのです。
 時代がスピードを求めていることは事実です。「迅速」ということが非常に強調されるようになってきています。ですが、僕などは、ブレーキもしっかり持っていなければいけないと思うのです。弁護士はアクセルだけでなくブレーキをちゃんともっています。交渉を正常運転に戻すため、ブレーキを使うことを躊躇してはいけないと感じています。

本日の反省

 相手方の要求した話し合いの中身には最後まで入らず、「このような形で面会を求められてもお話し合いは出来ない」と再三再四説明し、最後にはお引き取り頂けたので、結果は良かったと思います*4
 しかし、事件の相手方が自主的に退去するのを相当辛抱強く待ってしまいました。辛抱強く説得するのが適切なケースもありますが、ある程度の段階で完全な退去を求め、ダメなら警察を含めた法的対応を躊躇すべきではなかったかと反省しています。
 昨今は法律事務所の安全対策も必要となっていますから、弁護士事務員共々、色々と考えさせられる事例となりました。

*1:事件の依頼者の方でしたら,別にアポなしでも,別件の打ち合わせなどで物理的にお話しできない事情でもない限りお会いしますが,対立する当事者などの「相手方」は別です。

*2:弁護士たるもの、相手方との面会を怖れて萎縮しても仕方がありませんし。まあ、怖いときも多々あるというのが正直なところですが。

*3:これは本当に難しいことなのですが

*4:当該事件については、裁判所での話し合いの期日が既に決まっており、話し合いは裁判所でなされるべき状況にあったためです。また、間に第三者を挟んで、かつ、言った言わないの問題を残さない形で進めていく必要のある相手方でもあったためでもあります。