外遊びできない子供たち

 毎日新聞が気になる特集をしていたのが、目にとまりました。

消えた風の子:第1部・現状/1 仲間で遊べない
 「子どもは風の子」と言われてきた。だが、仲間と外を駆け回る子どもの姿はめっきり減り、公園に集まってもそれぞれ携帯型ゲームに夢中だったり、遊び相手は母親だけという幼児も珍しくない。子どもたちの外遊びの今を追い、その意味について考えたい。【望月麻紀、反橋希美】

 確かに、先日、仕事で公園の傍を歩いたとき、公園で集まる子供のグループを見ました。一ヶ所に集まっているので、チーム分けをしたり陣地を書いたりしているのかと思いきや、みんながそれぞれの手元をじっと見つめて、PSPだかニンテンドーDSだかやっていました*1

(中略)例えば警官役の子が泥棒役を追いかける「ドロケイ」。運動の得意な足の速い子がそろって泥棒役になり逃げ回る。警官役はいつまでたっても相手を追うばかり。嫌気がさして「やーめた」と離れても、泥棒役の子どもは引き留めない。勝敗に強くこだわり、味方のミスを手厳しく批判する子も目立つ。批判された子は遊びの輪から飛び出し、残った子は硬い表情で遊び続ける。神代さんは「昔は同じ仲間で繰り返し遊びながら、誰もが楽しく遊べるように手加減したり、小さな子を『おみそ』と呼んでかばうような、遊びの文化を作ってきた。遊びが子どもたちの心を育ててきた。だが、今は時間を共有する仲間がおらず『自分が楽しければいい』となりがちだ」。(後略)毎日新聞 2008年2月3日 東京朝刊

 個性とか個人が大切にされる一方で、個人同士のつながりやコミュニケーション能力の低下が懸念され始めている現在、子供同士の社会で人間関係を学ぶ機会は多ければ多いほどいいと思います*2。僕も、公園での外遊びなどに積極的に出かけて、家族以外の子供同士で遊ぶ楽しさとか、たくさんの人数で一緒に楽しくするにはどうしたらいいか試行錯誤してみるとか、喧嘩の仕方、仲裁の仕方、相手との距離の取り方などを身体で覚えさせていくことが出来ないものかな、と考えています*3。子供が一人で外に出ていろんな年の友達と遊べるようになるのっていくつくらいだったのかな。僕らの頃なら、小学校低学年くらいには、近所の公園や川でいろんなグループで遊んでいたような気がするのですが?

*1:君たち、それなら家の中でやった方がいいんじゃないかい?手だって悴んで、旨く捜査できないだろうに

*2:この手の話は、ついつい、昔は良かった式の議論になりがちですが、そういったアプローチを取らなくても、同じような結論には行き着いてしまいまいした

*3:でも、治安とか心配な面もあり、、、、なかなか実践には移せません