法曹増員しても刑事弁護の質は上がらない

 朝日新聞の日曜日の社説です。この問題と法曹増員を結びつけて考えることは適切でないように思いました。

(前略)強姦(ごうかん)と強姦未遂の容疑で富山県警に逮捕され、実刑判決を受けた男性の冤罪問題を日本弁護士連合会が調べた。(中略)驚くのは、弁護士が男性に接見したのは、逮捕から公判までの半年間に4回、計1時間半ほどしかなかったことだ。(中略)なぜなのか。報告書は「男性との意思疎通が不十分なまま、起訴事実を認めていると判断した」と分析している。しかし、その見方は甘い。どう見ても、手を抜いているとしか考えられない。

 この弁護人は逮捕時には当番弁護士として出動し、起訴後は国選弁護人として活動したようです。当番弁護士というのは、身柄拘束中に一回の無料法律相談を提供する弁護士会のサービスですが、一回限りの接見を予定しています。否認事件などで起訴前にも弁護の必要が高く、被疑者から申し入れがあった場合は、私選弁護人として受任するか、当時ならば財団法人法律扶助協会の刑事弁護扶助を受けて、起訴までの弁護活動を行うことになります。本件の弁護人が、逮捕から最初の起訴までどのような契約に基づいてどのような地位で活動したのかは分かりませんが、否認している事件との認識を持って逮捕時から連続して弁護活動に従事していたと仮定すれば、4回計90分しか接見しなかったのは少なすぎるように思います*1。ただ、稀に、当番弁護士として出動したが、起訴後の国選弁護人に選任されるまで活動が出来ないケースがあります*2。この場合は、逮捕時の1回と起訴後初公判までの3回しか接見していないとしてもあながち少なくはないかな、と思います*3

 (中略)報告書は「張りつめた感覚で弁護活動を」と弁護士全員に呼びかけ、弁護活動のマニュアルを用意するといった対策を提言している。
 しかし、それだけで改善されるとは思えない。背景には、欧米に比べて極端に少ない弁護士の数がある。まして、来年からは、起訴前の容疑者へも国選弁護人を付ける対象の事件が拡大され、いまの10倍以上に急増する見通しだ。弁護士は容疑者や被告の権利を守るために最善の弁護に努める、と弁護士職務基本規程に定められている。それを実践できるだけの質量ともに十分な弁護士を早く備えなければならない。    朝日新聞2008年02月03日(日曜日)付

 しかし、この結びはイマイチです。
 弁護士を増員すれば、質量共に十分な弁護士が国選刑事弁護に従事していくと考えているようですが、期待とは裏腹の結果が待っていると予想します。弁護士の増員をしても弁護の質が上がるとは限らない。おそらくは今より下がるということです。今ですら、国選弁護事件を熱心にやればやるほど経費がかかり、それに見合った報酬が得られないことから敬遠されがちな状況にあります*4。確かに、数が増えて食えなくなった弁護士が町にあふれるようになれば、国選弁護を担当したいという弁護人は増えるかも知れません。しかし、その受任動機は「収入」であり、費用対効果や経済的効率性を度外視して熱心に弁護活動をしようという層が増えるわけではありません。現在でも、いわゆる国選ジジイ*5問題があり、国選弁護の質は必ずしも良くないと言われているのに、質の低下が加速するのではないかと危惧します*6。また、そもそも弁護士は欧米に比べて極端に少ないというのはホントかい、ということです。日本には弁護士隣接の士業として、弁理士司法書士行政書士などもあり、それぞれが一部重なる職域を有して活動しています。海外にはこのような区別のない国もあり、単純に弁護士という名称のみで比較をすれば数に差があっても、実際にしている仕事で見ていけば違う統計結果になることも考えられるようです。
 結局、刑事弁護に限ったことではないですが、法曹関係者が提供するサービスの質を高いレベルに維持し、さらに向上させていくためには、資格取得*7、実地研修*8、OJT*9といった各段階で、法曹の能力を涵養するシステムが維持されていることが大切だと思います*10
 刑事弁護における法曹の質を向上させる必要があるという論を組むのなら、「法曹増員」によってではなく、活動内容に応じてこれに報いる国選弁護報酬体系を構築すること、法テラスから国選弁護人選任や報酬決定の権限を奪い弁護士会*11がその権限を行使すること、法曹の急増方針を撤回して適正数に保つことだろうと思います。

*1:否認している被疑者に対しては、連日接見が基本となってきます。弁護人と打ち合わせなく、調書を作成させない。弁護人から「がんばれ」というメッセージを発し続ける。これは検察官出身の弁護士らが口をそろえて言っていますし、研修所でも刑弁教官からそのように指導されます。

*2:当番弁護士として出動して被疑者が否認しているのも分かったが、被疑者本人から依頼がなく、私選弁護人としても刑事弁護扶助を利用した弁護人としても就任しないケースとか。このような場合、弁護人が付かないまま起訴に至り、起訴後の国選弁護人に偶然同じ弁護士が選任されることがありえます

*3:起訴時には自白に転じているのですから、起訴後国選で初公判まで3回接見は標準的な方ではないでしょうか。90分は少々少ないかも知れませんが。もちろん、偶然当番弁護士としての出動歴がある以上、「なんで自白したの?」という質問はあってしかるべきなんで、当該弁護人の活動内容が適切というつもりは全くありません。念のため。

*4:それ故に、この国選弁護を「収入源」と見る弁護士はおらず、他の仕事で得た利益を社会に還元する趣旨を込め、公益活動に準じたものと考えて利益度外視で熱心にやっておられる方がたくさんおられます。

*5:国選弁護を可能な限りたくさん受任して最低限の労力で事件処理し、生活の糧としている一部の高齢弁護士さんたち。中には、弁護人に選任されてから一度も接見せず、第一回公判開廷前の数分の時間を捉えて、法廷内で被告人と話をし、認否を確認したりする人もいるそうです。。。。

*6:なお、質の低下した弁護士は市場で淘汰されるのではないか、とお考えかも知れませんが、残念ながら簡単には淘汰されません。市場原理が働きにくい業界・分野だからです

*7:司法試験や2回試験ですね

*8:研修所での前期後期修習、実務修習、各弁護士会での新規登録弁護士研修等ですね

*9:イソ弁等として、先輩弁護士やボス弁の仕事を見たり、事件の配点を受けて共同処理しながら、実際の弁護活動に従事しながら学んでいく過程ですね。

*10:資格は簡単に取れるが、研修所では数が多すぎてさばききれない、実務についたらすぐに激しい競争社会で事件の奪い合いになってOJTもままならない、、、、、では、育つ気がある法曹ですら育っていきません

*11:そうでなくても、せめて裁判所自ら